御幣島の由来
大阪府西淀川区に御幣島(みてじま)という地名がある。左門殿川と神崎川の分岐点の、神崎川左岸に位置する。
御幣島の地名は日本神話に由来する。古代この地は難波八十島の一つで、神功皇后が三韓征伐から凱旋する途中に、この地で御幣(「みてぐら」と読む)を貢ぎ、田裳見宿禰に命じて住吉大神を祀らせたと伝えられる。
御幣(みてぐら)とは、御手座とも書き、神の座に手向ける物の総称である。
奈良時代から見える地名で、天平3年(731年)の『住吉大社司解』という史料には「御幣浜」(みてはま)という地名で登場する。
また、平安時代の歴史物語である『栄花物語』にもこの地に関する記述があり、それによると延久5年(1073年)2月、後三条上皇の天王寺御幸の帰途において、淀川を遡行中に御幣島で歌遊びをしたとある。
現在はJR東西線の駅名である。
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地名の由来
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