伝法の由来
大阪府此花区に伝法(でんぽう)という地名がある。現在は新淀川沿いの下町である。
この地名の由来には諸説ある。
まず、欽明天皇の時代に経論(経とは仏の教えを記した書物、論とは経の注釈書をいう)が我が国で初めて漂着したのがこの地だったとする説。
次に、昔この地に伝法寺という寺院が存在したが、この寺が廃寺になった後も地名として残ったとする説。
また、鳥羽上皇が真言宗中興の祖である覚鑁上人に帰依して高野山に大伝法院を創建した際、建材をこの地で集積したことに由来するとする説。
いずれにせよ、仏教に縁の深い地名であることは確かであろう。
戦国時代には中津川(現在の正蓮寺川)河口の港で、伝法口と呼ばれた。その後、正蓮寺川から伝法川が分岐して港町として栄えたが、1953年に高潮対策のため埋め立てられた。
現在でも伝法港という小さな漁港として残っており、多くの漁船が停泊している。
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地名の由来
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